
「帰ってきたら一緒に怒られましょか」と、東日本大震災の際の出来事を振り返るポストが話題に【X/SNS】
大阪市営バスに支援要請が届いたのは金曜の夜だった。しかし出発許可を出す監督庁は月曜まで開かない。被災地の状況が急速に悪化する中で担当者2人は「帰ってきたら一緒に怒らましょか」と言い、支援物資を積んで無許可で被災地まで出発したん pic.twitter.com/R29uiVkU0w
— 商用車メーカーの中の人 (@trucknakanohito) March 10, 2026
- この投稿は、2011年の東日本大震災時に大阪市営バスの担当者2人が許可を得られず「帰ってきたら一緒に怒られましょか」と言い、無許可で支援物資を積んで被災地へ向かったエピソードを紹介しており、雪の被災地で活躍するバスの写真が添付されている
- 実際の出来事として、仙台市からの要請を受け下道で大阪から出発し、医師・看護師も同行、帰国後陸運支局が許可手続きを支援したため処罰は免れたという記録が残る。
- 投稿は震災15周年に近く、70,000以上のいいねを集め、職員の勇気を称賛する反応が多い一方、政治的な大阪市バス民営化議論を呼ぶ声も見られる。
解説:Grok
市バスの職員だけじゃないよ。市立病院の医師と看護師も同行してたよ。
— 雅之(グラン) (@glanford724) March 11, 2026
『帰ってきたら一緒に怒られましょか』って…この一言に大阪人の魂と人情が詰まってるわ。
— ゼンファクトJP (@MangaJP001) March 11, 2026
無許可で600km一般道ぶっ飛ばして物資届けて、そのまま釜石に譲渡されて現地の足になったなんて、
マジで伝説やん。
あの時の2人の担当者さん、今も胸熱すぎる。ありがとう、そして誇りです!
そらぁ神戸の時の恩返しのつもりやってんやろね…
— ヨハネ津島/Johannes Tsushima (@johannes_0325) March 10, 2026
15年経っても色褪せない感動の話。
— Xuân Lan (@xuanlan6597) March 11, 2026
あの2台のバスが今も東北で走ってるって聞いて、さらに胸が熱くなりました。
ありがとう、大阪!